LOGIN酒場の灯りが暖かく揺れている。
石造りの壁にその片隅に、セリュオスとフィオラは腰を下ろしていた。
二人の前に並んでいるのは焼いた獣肉の皿と、香草を利かせた野菜の煮込み。 それを前にしながらも、フィオラは落ち着かない表情を浮かべている。「……酒臭い……」
「そうか?」 「匂いだけじゃない。声も、空気からも臭ってくる。酔っぱらいの大声なんて聞いてると、頭が割れそう」 彼女は周囲の
「慣れろよ。戦場なんてこんな騒ぎよりずっと
そっけない返事をしながらも、フィオラは煮込みを一口すくった。
舌に広がる味は意外に悪くないとでも思っているのだろうか。 だが、フィオラはそれを隠すように、わざと眉を「……なんだよ、美味しいんだろ?」
「べ、別に普通に決まっているでしょう。……ただの塩味よ」 「へえ、そうかい」 わざとらしくそんな時、酒場の扉が乱暴に開かれた。
冷たい夜風と共に、 乱れた赤茶の
「……あのドワーフ、ただ者じゃないわね」
「フィオラも気づいたか。周りのヤツらとは雰囲気が全く違うな。あれはいつ暴れ出してもおかしくないぞ」 セリュオスが低く言うと、フィオラも警戒するように視線を逸らす。とはいえ、しばらくは何事もなく、穏やかな賑わいが続いていた。
だが、やがて一つの声が荒々しく響き渡った。「おい、勘定は明日でいいだろ! こちとらアンタらんとこの鉱山を追われて来たんだぜ、金なんざ出せるかよ!」
「一日くらい待ってくれたっていいじゃねえかァ!」 数人のよそ者らしい男たちが、酒代を踏み倒そうとしているのか、店主に食ってかかっていた。 周囲のドワーフ客たちが顔を椅子が床をきしませ、彼は無言のまま大股で男たちに歩み寄る。
その背中に漂う圧は、今までの賑やかさを一瞬で凍りつかせるほどだった。 セリュオスとフィオラも思わず手を止めて様子を見る。「……始まるぞ」
「ああ……またダルクのヤツか?」 そう誰かが呟いた直後、その男――ダルクの拳が、酒代を踏み倒そうとした男の顔面を豪快に殴り飛ばした。 木のテーブルがひっくり返り、酒樽が割れて麦酒が飛び散る。 怒号と悲鳴が入り混じり、酒場の喧騒は一瞬にして乱闘へと変わった。酒と麦の匂い、怒号、破片の散乱――酒場は制御することを諦めていた。
飛び散るジョッキ、倒れる椅子、跳ねる肉や野菜。 セリュオスとフィオラも、思わず立ち上がった。「くっ……毎度こうなのか、ここは!」
セリュオスは叫びながら、飛びかかる酔っ払いを「おい坊主! そこで見てるだけかよ! こっち来てオレと戦おうぜェ!」
ダルクが指差しているのは、まさにセリュオスのことだった。「セリュオス、ダメよ! あなたが戦う理由なんてないでしょう!」
「すまん。急に手合わせしてみたくなった……」 「もう、あなたって人は……」セリュオスはフィオラの制止を聞かずに歩き出していた。
フィオラは気づけばセリュオスとダルクは互いの拳を突き合わせていた。
ダルクの腕は太く、まるで鉄のような筋肉がしなやかに動く。 セリュオスの腕とぶつかった途端、ダルクの全身に衝撃が走る。「ぐっ……力だけじゃねえのか、お前ェ!」
ダルクの声には怒号と笑いが混じっていた。 まるでこの戦いそのものを楽しんでいるかのようだ。「いいや、力だけじゃないね。それだけで勝てると思うなよ!」
セリュオスは反撃の間合いを計り、左腕を盾のように構えてダルクの腕を弾きながら、逆に膝蹴りを放った。 ダルクは身を捻って躱すと、そのまま豪快にセリュオスの肩を弾き飛ばした。その頃、酒場の客たちは悲鳴を上げて逃げ惑っていた。
テーブルはひっくり返り、食器や酒が床に散乱している。 とはいえ、安全そうな場所を見つけると、二人の戦いを見ることに熱中し始めてしまったわけだが。互いの目には怒りというよりも、好奇心と興奮が宿っていた。
二人とも、自分の力を試したくて仕方ないような目をしている。「お前ェ……細い人間のくせに、なかなかやるな!」
ダルクは笑いながら、次の一撃を振り下ろした。 斧を使わずとも腕力だけで衝撃を与えるその威力に、セリュオスは本物の盾を構えることにした。「油断するなよ、俺だって負けてねぇ!」
セリュオスは盾で受け止めながら、踏み込んで反撃する。 拳がぶつかり、肩が衝突し、二人の身体が床を滑った。 戦いながらも二人は怒鳴り合い、笑い合い、突き飛ばしながらも互いの動きを観察し合う。「お前、ただの力自慢かと思ったら、頭も切れるんだなァ!」
「そっちもな! 力だけじゃなくて、ちゃんと度胸があるじゃねえか!」 肩からぶつかってくるダルクに対して、セリュオスも笑いながら応戦する。 床に散らばる破片やこぼれた酒の匂いの中、二人の戦いは徐々に様相を変えていった。「ここからは、本気で行くぞ!」
セリュオスは、剣を腰から抜き放った。 鋭い光を帯びた刃は、酒場の暗がりに青白く反射する。「望むところだァ、坊主!」
ダルクも肩に背負った戦斧を手に取り、その目を輝かせる。二人の間に空気が張り詰め、互いの力と意地をぶつけ合う戦場が、狭い酒場の中に生まれる。
セリュオスの剣が振り下ろされるたび、ダルクは斧で受け止め、跳ね返す。 金属同士の衝撃音が響き、飛び散る火花がランプの光を乱反射した。「かなり重いな……!」
セリュオスは斜めに剣を振り上げて斬撃を躱すと、素早く横に踏み込んで反撃の構えを取る。「すばしっこくて、うざってえなァ!」
ダルクは斧を振るいながら笑い、剣を受け止める腕に力を込める。 その振動が床を震わせ、近くの椅子や酒樽が倒れた。 セリュオスは盾を左腕に構え、斬撃を弾きながら回転して距離を取る。「私は掃除屋じゃないんだけど!」
フィオラはその隙間に小さな風の魔法を飛ばし、飛散する破片を吹き飛ばした。「お前ェ……久し振りに
二人の攻防は次第に激しさを増し、剣と斧がぶつかるたびに酒場全体が揺れる。
床に刻まれる傷跡、割れるグラス、飛び散る酒――混乱は最高潮に達していた。「やれるもんならやってみろ!」
セリュオスは盾の隙間から斬撃を差し込み、斧を受け止めるダルクの腕を弾き飛ばす。「おお……! 面白いじゃねえか、坊主!」
ダルクは笑いながら踏み込み、勢いよく斧を振り下ろす。 セリュオスは剣と盾を使ってそれを受け止め、力を込めて跳ね返す。 二人の体が押し合い、まるで戦場で戦っているかのように鬼気迫っていた。それからどれくらいの時間が経っただろうか。
二人の戦闘は深夜まで続き、やがて月明かりが弱くなってきたように感じてきた頃合い、二人は互いに膝をつき、荒い息をついた。 剣と斧が交わした衝撃によって互いの力と意地を感じ、二人の間に奇妙な理解と尊敬が芽生えたような気がしていた。ダルクは荒々しく笑い、手を腰に置いた。
「……悪くなかったな、坊主。お前、根性もあるし、頭も悪くない」 セリュオスも息を整えながら、剣を
「ダルクだ……」
「ん?」 「オレの名前だよ」 「知ってるよ。ドワーフたちがアンタの「さすがに有名人すぎたか。んで、坊主は?」
「……俺は、セリュオスって言うんだ」 「いい名前だな」破壊された酒場の中、二人の目には戦いを通して生まれた不思議な連帯感が宿る。
互いの実力と意志を認め合った瞬間だった――。◆現代世界(アルスヴェリア)●セリュオス 辺境リオネルディアの村出身の人間。 義父はオルフェン、義母はセリナ。 勇者として覚醒してから魔王討伐の旅に出た。●フィオラ エルフの女性で、弓と魔法のどちらも扱うサポーターである。 竪琴を弾いている時間が彼女にとっての安らぎ。 イヴェリナとクイラという妹分とエルフの仲間たちを救い出すため、セリュオスに同行した。●ダルク ドワーフのおっさんで、怪力で巨大な斧を振るう戦士である。 酒と旨い飯には目がない。 実はフィオラも認めるほどに歌が上手い。 ドワーフの誇りである鉱山を取り返すため、セリュオスに同行を願い出た。●ミュリナ 猫人族の少女で、その俊敏な動きで二つの短剣を扱う盗賊である。 特に魚が大好物で、意外に義理堅いやつである。 魔王との因縁というよりも、居心地の良さが決めてとなってセリュオスに同行することを決めた。●アベリオン 最後に勇者パーティーに加わった槍使い。 元は神官職だったらしいが、魔王軍に入ってから闇に染まってしまった。 王国に故郷を焼かれたことで人間を信じ切れなくなっていたが、セリュオスたちの光に心を打たれて同行することを決めた。●エレージア 七つの心臓を過去の文明に置いて来たため、現代では不滅の存在となった最強の魔王。 勇者パーティーを試すような奇々怪々な言動を取り、混乱させる。 その見た目は女性ではあるが、圧倒的な実力の持ち主である。
「……女だからって、容赦はしないっ!」 果敢に先陣を切ったセリュオスがその剣を全力で振り被る。 だが、魔王はセリュオスの剣を闇の力を纏ったその手で軽々と受け止めていた。「っ……!」 セリュオスは剣を握り締めて全力で押し込もうとするが、魔王はびくともしない。「ほら、遠慮してないで全員でかかって来なさい」「くっ……ここで諦めるわけにはいかないわ! 《スピラ・ヴェンティ》ッ!」 フィオラは最初から油断することなく、風を纏う矢を解き放った。 しかし、魔王の黒い魔力の渦が矢の軌道を歪めてしまう。 弓から放たれた螺旋の矢は直前で勢いを失い、あっけなく床に叩きつけられた。「断轟破ぁぁああ‼」 ダルクは怒りを滲ませて、ありったけの力で斧を振るった。 断轟破の衝撃で辺りの石柱は砕かれ、そのまま魔王にも勢いよく迫っていくが、玉座の周囲に張られた魔力の結界が衝撃波を打ち消していた。「な……なんだよ、この力は……!」 ダルクが叫びが虚しく響く。「力だけは立派だと思うわ」「次はボクがっ! 影猫乱爪にゃっ!!」 ミュリナは俊敏な身のこなしで魔王に接近し、両手の短剣で斬りかかる。 だが、魔王の魔力の波に弾かれ、攻撃は空を切った。 彼女は素早く後退し、次の機会を狙っている。「あなたはずいぶん俊敏な動きをするのね……」「黒槍・奈落穿葬ぉぉ‼」 そして、ついにアベリオンも攻撃に加わった。 黒く燃えるような闇の槍撃が魔王に迫る。 しかし、魔王は目の前に魔力の盾を作り上げ、アベリオンの奥義すらも難なく受け止めてしまった。「四天将の力程度、私に効くと思っているの?」 セリュオスたちの攻撃は魔王の余裕の笑みを崩すことができない。「私が待ち侘びていた勇者パーティーの力がこの程度だったなんて……」 次の瞬間、魔王の指先から黒い光線が放たれる。 それは最も魔王の近くにいたセリュオスの肩を掠めた。「ぐっ……!」 後方ではアベリオンが盾を構え、何とか魔力の光線から仲間たちを守ることができたが、セリュオスだけは庇うことができなかった。「セリュオスッ!?」 セリュオスが膝をつくと、フィオラが駆け出して治癒の魔
灰色の雲が垂れ込める空の下、五人は荒涼とした大地を進み、魔王城の影が徐々にその姿を現し始めた。 その城壁は高く、巨大な門は閉ざされているものの、その威圧感は圧倒的だった。「……魔王城だな」 セリュオスがこれまでの旅路を思い出しながら呟いた。 短いようで長い旅だった。 村を出てから広大な森を抜け、高い山を越え、街道をひたすら歩き、荒野を抜けて、深い谷を越えて、ここまで来た。 この仲間たちと出会わなければ、ここまで辿り着けなかったかもしれない。 ダルクは斧を肩にかけ、城壁を睨んでいる。「まあ何つーか、思ったより静かだな。明らかに見張りも少ないし……いや、これってまさか何か意図があるんじゃねえか?」 フィオラは一切警戒を解かず、矢筒に手をかけている。「魔王は何を考えているの? 見張りを減らしていいことなんて何もないのに……」「おみゃあらはちゃんと下がってろにゃ」 いつの間にか罠を探知する逞しくなっていたミュリナは、しなやかに身を屈めながら先頭を歩き、通路に罠がないか確認しながら言った。 アベリオンは少し後ろに下がり、肩に力を入れる。「私は……万が一の盾役だ。何かあった時は頼ってくれて構わない。魔王さまはそれだけ強大なお方である」「本当に盾みたいに堅いヤツだな」「違えねえや」 ダルクはそう言って笑いつつも警戒は怠らない。「これで開くんじゃないか?」「セリュオス! また勝手なことを……!」 フィオラの制止を聞かずにセリュオスはレバーを手前に引いてしまった。 すると、巨大な門が地響きを上げながら開いていく。「別に開いたんだから、いいだろう?」 セリュオスの無神経な言動に呆れながら五人が城内に踏み入ると、外と同様に見張りの数は少なく、通常なら四方を固めているはずの兵士が、あえて絞られていることが明らかだった。「まさか……、オレたちを誘き寄せるためにわざと減らしているとでも言うのか?」 ダルクが低く呟く。 セリュオスは皆の背中を見渡し、短く頷いた。「いや、気を抜くな……。どこから襲撃があるかわかったもんじゃない」「誰もいないのにゃ……」 俺が言った直後にそれを言うなと思うセリュオスだったが、そのツッコミは飲み込むことにした。「だが、魔王のような強大な気配
そこは黒い雲が空を覆い、月の光も僅かにしか届かないような場所だった。 不気味に聳え立つ魔王城の尖塔が遠くに見えている。 冷たい風が吹き抜け、乾いた砂がセリュオスの顔に当たった。 そんな不穏な空気の中、五人は小さな野営地を築いて焚き火を囲んでいた。 ついに、明日に魔王城突入の日を控えていたのだ。 セリュオスたちにとっては火の暖かさだけが唯一の慰めであり、今夜が静かな夜になることを祈ることしかできなかった。 揺れる火を見つめながら、セリュオスがそっと口を開く。「やっとここまで来たな……。みんな、無事にここまで来れて良かった」 フィオラは焚き火に背を預け、静かに夜空を見上げている。「私たちが魔王に負けそうな雰囲気を出すのはやめてほしいけど、もう後戻りはできないわよ……。あとは前に進むだけ」「すまん、そういうつもりではなかったんだがな……」 セリュオスは頬を掻いた。 その横でダルクは大きく溜息をつき、腕を組んで笑っていた。「まさか、オレたち五人だけで来ちまうとは思ってなかったなァ。少人数ってのも悪くはねえけどよ、こうして同じ火を囲めるわけだし。……明日はオレたち、どうなっちまうんだろうな……」 いつも陽気なダルクでさえ、今だけは弱気になっているように見えた。 ミュリナは猫のような目を細めて、ぼんやりと焚き火を見つめながら口を開いた。「にゃあ、セリュオス。次の魚は、いつ食べれるのにゃ……?」 それを聞いたダルクが大きな声で笑い飛ばす。「最後の晩餐かもしれないってのに、お前さんは次の飯の心配かよ! どこまで気楽なんだァ!」「それだけ不安なのかもしれないな……」「不安、かにゃ……?」 アベリオンがミュリナに同情を示したが、ミュリナはその首を傾げていた。 セリュオスは苦笑しながら、火の傍で静かに座ったままのフィオラの方を見た。「フィオラ……。俺がどうなっても、お前は必ず仲間たちと城を出るんだ。俺は……たとえ命を犠牲にしてでも魔王を討つ。これは俺の願いなんだ。お前たちには生き延びて、必ず幸せになってほしい」 フィオラは一瞬息を呑み、目を伏せたまま答える。「……わ、わかってる……。でも、そんな……」「セリュオスとフィオラがなんだかラブラブに見えるにゃ……」
荒野に剣戟の甲高い音が響き続けている。 その音の発生源となった衝撃のもとで、どれだけの土砂が飛び散っただろうか。 セリュオスの剣とアベリオンの槍が幾度となく火花を散らし、地面には数々の抉られた跡が刻まれていた。 セリュオスがアベリオンに苦戦しているのは、誰が見ても明らかだった。「……でも、どうしたら、セリュオスが迷わずに戦うことができると言うの……」 フィオラは胸元で弓を握り締め、声を震わせた。 彼女の瞳には、攻め切ることができずに膠着しているセリュオスとアベリオンの姿が映っている。「おい、フィオラ」 隣で立ち上がったダルクがぼそりと声を掛ける。「お前さんが後ろで震えてたら、あいつはもっと迷っちまうんじゃねえか? そんなんじゃ、坊主だって負けちまうかもしれないぞ?」「ダルク……」「ダルクの言うとおりだにゃ」 ミュリナも腕を組み、フィオラに顔を向けている。「セリュオスが本気を出せないのは、おみゃあが傍にいないからにゃ。……本当に信じられる仲間が傍にいれば、アイツはきっと誰よりも強くなるヤツだと思うのにゃ」「ミュリナ……」 フィオラは大きく息を吸い込み、そしてゆっくりと吐き出した。 すると、手の震えが収まり、その目には決意が宿ったように見える。「そう、だよ……! 私がセリュオスを信じてあげなくて、どうすんだって話だよね!」 ようやく覚悟を決めたフィオラは弓を背中に戻し、セリュオスのもとに向かって駆け出した。「やれやれ、やっと嬢ちゃんもやる気になったか……」「まったく手のかかるヤツらだにゃ」「お前さん、まだ若い割に古株みてえなこと言うんだな……」 ダルクはミュリナを見て瞠目していた。「ほら、ぼさっとしてにゃいで、残りを片付けるにゃ!」「お、おう……」 二人は温かくフィオラを見送ってから、魔王軍残党との戦いに戻るのだった。「セリュオス! 私があなたを支えるから! 一緒に、アベリオンを倒そう!」 聞き馴染みのある声が響いた瞬間、セリュオスの瞳が揺れた。「……フィオラ……。……ああ! 俺たちでアベリオンと戦おう」 そうだ、自分は一人じゃない。 守るためなら、アベリオンが人間であろうと戦わらなければならない。 そうセリュオスが決意した瞬間、フィオラから光の魔力が
乾き切った大地の上を、風が唸りを上げながら駆け抜けていく。 砂粒が無数の刃のように空へと跳ね上がり、茶色の世界を覆い隠す。 視界の外は薄黄色の靄に包まれ、遠くの岩影すら捉えることはできない。 魔王軍の四天将アベリオンと対峙したセリュオスの間には緊張が走っていた。「お前たちは離れてくれ」 セリュオスの指示でフィオラ、ダルク、ミュリナの三人は少し離れた場所でアベリオンが引き連れていた魔王軍の一団と刃を交えることになった。 鉄と鉄がぶつかり合う音がこだまして、無数の魔法が荒野に光を齎す。「断轟破ッ!」 すると、先陣を切ったダルクの斧から迸る衝撃波が敵兵を薙ぎ倒していき、砂煙を巻き上げた。 「ふふんっ♪ 次はボクの番だにゃ!」 鼻歌混じりで縦横無尽に戦場を駆けるのはミュリナだ。「影猫乱爪にゃッ!」 ミュリナの俊敏な影が地を走り、両手に持つ短剣が複数の敵の鎧の隙間に狙いを定めて切り裂いていく。 あっという間に攻撃を終えたミュリナは鮮やかに後方へと飛び退いた。「これくらいなら余裕だにゃ!」「早くセリュオスと合流しないと!」「嬢ちゃん、わかってるぜェ!」 フィオラの声に合わせ、ダルクの斧が振るわれ、迫る魔王軍の兵士たちを次々に薙ぎ払っていく。 ミュリナが駆け回り、フィオラが魔法を放ち、戦場は混沌と化していた。 そんな激闘がおこなわれている最中──。 セリュオスと対峙していたアベリオンがようやく口を開いた。「貴様が、勇者セリュオスだな」「……ああ、そうだ」「勇者と戦えることができるなんて、私は幸運だ……」 剣を構えながら、セリュオスは目の前の男の姿に眉を寄せた。 魔王軍の鎧をその身に纏ってはいるが、魔族らしい角も牙もない。 それはまるで――。「アベリオン。お前はまさか、人間なのか……?」「……貴様らに語ることはない。ただ、ここで果てよ」 アベリオンは静かに言い放った。 その声はひどく冷たく、切なさを感じさせるようなものだった。 そして、アベリオンは槍をゆっくりと構え直す。「……!」 その瞬間、二人の衝突が始まった。 セリュオスは剣を振るい、アベリオンの槍を迎え撃った